自分が理解できない事象は他人も理解できないと考えるのを止めると疲れにくくなる

こんにちは。平穏堂院長の田上俊和です。

本日の「疲れにくくなる暮らし方」は

自分が理解できない事象は他人も理解できないと考えるのを止めると疲れにくくなる」です。

 人は誰しも理解できない(あるいは理解したくない、信じたくない)事象があります。

 

 そこから派生し、自分に理解できないものは他人にも理解できない(はず)と考え、

他人に助力を得ようと考えない場合があります。他人に助力されないと、その分疲れやすくなります。

 

 理解不能なのはその人自身の知識や経験の不足、あるいは信念などによって理解できないだけであり、

他の人が理解できる可能性は否定できません。

 

 ですので、他人から「事象を理解するための助力」を得ようと試みれば、自分も他人も理解できる可能性は高くなります。いままで理解できなかった事象を理解できれば新たな知識や経験を得られ、その分疲れにくくなります。


従って「自分が理解できない事象は他人も理解できないと考えるのを止めると疲れにくくなる」となります。

 

次回(7/19)は、「『他人が行動しないのを批判する自分』の目的に気づくと疲れにくくなる」です。

 

○自分が理解できる事象は他人も理解できて当たり前?

 

  世のなかには当記事の類似で、

 「自分が理解できる事象は他人も理解できて当たり前、理解できないのは頭が悪いからだ」

 と考える人もいます。

  この「理解」には「自分の考えと同じ結論に至る」のが前提として含まれています。

  その結果「自分と異なる理解」は「誤り」とみなす、というパターンもあります。

 

  こう考える理由は、以下の3つの複合です。

  1.自分と他人が違う人生を歩み、得てきた知識や経験も異なるという前提が念頭にない。

  2.自分と他人を区別できない(あるいは意図して区別しない)

  3.自分の考え方が絶対正義であり、他人が違う考え方をするのは誤りであると思い込みたい

 

  以上の考えに基づき行動すると結果、自分を上げ、他人を下げる状況が生じます。

  他人を下げる以上、下げた当人から反撃されるため、その対応によって疲れやすくなります。

 

以上