こんにちは。平穏堂院長の田上俊和です。
本日の「疲れにくくなる暮らし方」は
「ツマラナイと感じた理由を掘り下げられると疲れにくくなる」です。
人は「ツマラナイ」と感じることがあります。
そして「ツマラナイ」と感じる対象は「自分」と「他人」のどちらかに大別されます。
自分に対し「ツマラナイ」と感じれば、気分が落ち込みます。
気分が落ち込むと、気力体力の回復が遅くなるため疲れやすくなります。
他人に対し「ツマラナイ」と感じれば、その他人への攻撃欲求を覚える可能性が高くなります。
攻撃してしまえば反撃を受けますから、自分と他人の双方が傷つきます。
傷つけば気力体力を用いて修復しなくてはならないため、疲れやすくなります。
言い換えると「ツマラナイ」と感じなくなれば、疲れにくくなる、と言えます。
そこで、なぜ「ツマラナイ」と感じたのか、その理由を掘り下げ、判断の大元である「自分の価値観」を変えます。
「自分の価値観」を変えれば、同じ理由で「ツマラナイ」と感じることが少なくなるため、疲れにくくなります。
従って「ツマラナイと感じた理由を掘り下げられると疲れにくくなる」となります。
次回(5/31)は、「『自分が衝動的に行動する条件』を認識できると疲れにくくなる」です。
○「ツマラナイ」と感じる理由の掘り下げと対応の例
私見ですが、「ツマラナイ」と感じる理由とその対応について2つの例を挙げます。
1.自分の人生がツマラナイ(理想と現実の差を恨むパターン)
・華やかでもっと注目される人生でありたかった。
けど自分の能力が足りないから注目されない。ツマラナイ。
→現在の自己を受容したうえで手持ちの能力を磨き続ける方針に変更し、
かつ、他者承認を不要とする価値観に変える。
2.他人の行動がツマラナイ(自分と他人の区別がつかなくなっているパターン)
・アイツはワタシの命令(※)を聞かない。ツマラナイ。
(※)『ワタシ』本人の認識では『善意』の忠告であり、命令の心算ではない。
・アイツはワタシがやりたかったことをやっている。ワタシはやれないのに。ツマラナイ。
→全ての人は自分の人生を生きている。他人の人生を生きることはできない。
そして他人の言動に従うか否かの決定権は、各々が持つ、という価値観に変える。
以上
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